パルテヱル物語〜柚乃〜

仏の顔も三度まで


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私の心には、何かが足りない。
いずれ蝶になる幼虫が、
青々しい葉を一口齧った穴とでも言おうか。
"彼女"がそれを満たしてくれるような気がした。
ずっとそばにいてくれる?
もう失いたくない。二度と。


山積みの紙切れを一枚、また一枚。
學校の最上階。並べられた教室の端には西日の射す生徒会室がある。
オレンジ色に光る机は、熟れた蜜柑のようだ。

ガラッ、

「ねえ!中庭の藤の花がすっごく綺麗なんだ!だから観にいこう?」

「き、紀京さま!ご一緒したいのですがまだ仕事がありまして…ねえ、柚乃さま」

紀京さんたら、また下級の役員を連れ出そうとする。
紀京は一瞬柚乃を見やるが、
柚乃はいつもの如く何も言わなければ見もしない。

「ほら!ね?大丈夫だから!少しだけだし!」

紺色の袴と紫の袴は生徒会室を後にした。
何事も無かったかのようにまた、
山積みの紙切れの作業を進めていく。
今日は珍しく欠席の役員が数名。
故にこの教室には柚乃と、
窓から差す西日のように眩しい橙色の着物の妹。

あの日。
美しい蝶たちが舞う中庭の一角で彼女を生徒会に誘うと、晴れやかな笑顔と共に首を縦に振った。

そして、大切な大切な妹となったの。

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中庭で読書をするのが好き。
大好きな花に囲まれ、風通りも良く、
気持ちがいい。
水仙の花壇の隣で読書をしていると、今日も私を見つけて駆け寄ってくる下級の子。
中庭で読書をするのは、
その可愛らしい姿を見たいというのもあるかもしれない。
かもしれない、じゃないわね。

彼女は上品に袴の裾を上げ整えて、
何も言わず隣にただ座している。
いつも、そう。

今日は少しいつもと様子が違う、気がする。

「…………ているの…ですか?」

聞こえるか聞こえないかくらいの、か細い声。

「雛ちゃん?ごめんね、聞こえな…」

「誰を見ているのですか…!!遠くを見て、いつも誰を想っているのです…?!」

瞳いっぱいに溜めた涙が溢れ落ちそうだった。

「わ、私は、柚乃さまを見ています…。いつだって。いつでも、どんな時も。でも柚乃さまはいつも頭の片隅に誰かを想っていらっしゃる。近くにいる私の気持ちにも気付かずに……私の頭の中は柚乃さまで染まっているのに………!」

ああ、私ったら。

妹としてそばにいたいと思うこの子を
知らぬ間に悲しませていたのね。
"どうしてこれほどにも私の心を温かく、齧られた穴を優しく埋めてくれるのでしょう"
と、考えていたの。

言葉にしなければ伝わるはずもないのに。

「悲しませてしまって、ごめんなさい。
私にはあなたが居てくれたらいい。」

着物の袖からちょこんと出ている色白な手を取る。

「私の。柚乃の妹として側に居てくれないかしら。ずっと。」

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ガラッ、

「ねえねえ雛菊ちゃん!」
「いけません!!仕事中です!!!」

ドアを開けた椿も、目の前の雛菊も目を丸くした。初めて、みた。

「えっとー、ごめん。聞きたいことがあっただけ…また今度にするね!それじゃ!」

足早に去った彼女。
申し訳ないことをした。ため息がでる。
自分でも驚いた。
こんなに感情的になったことなんて無かったのに。

「柚乃さま!少し窓を開けましょう!もう涼しくなってきた頃ですよ。」

そう言った彼女の艶やかな髪を風が揺らし、
白い肌はオレンジ色に染まった。
白いレースのカーテンが彼女にベールをかける。

ああ、なんて美しい妹なの。
絶対に手放したくない。
もう、手放したくない。

初めて彼女が私のもとへ駆け寄って来た時、
優しい光に包まれた気がして。
それがなんだか、
とても心地が良かったのよ。


✾大正百合喫茶✾ パルテヱル女學校

つぼみたちはやがて、大輪の花を開く… さぁ、華やかなるパルテエル女學校の開校です。 上級生と下級生が織り成す甘美でレトロな"S"の世界を是非お楽しみください。

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