パルテヱル物語〜桜〜
花曇り、霞む心
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文字が滲んだ便箋がひらりと床に滑り落ちた。放課後の教室、西陽がきつく他の生徒は皆帰宅したらしい。1人の少女が一心不乱に机に向かっていた。
ー拝啓、お姉さま。このところ暑くなって
「…だめね、情緒に欠ける。」
千切られた便箋がまた1つ、床に落ちた。
ー拝啓、お姉さま。雨に映える紫陽花も美しく
「違うわ、お姉さまの方が美しいもの。」
ー拝啓、お姉さま。しとしとと長く鬱陶しい雨を見ていると、せめてお姉さまの心内だけでも晴れていればだなんて考えてしまいます。
「私の気持ちなんて知らずに、お姉さまは、お姉さまだけでも、笑顔で、私の大好きなお姉さまでいてくれれば…。」
不意に、少女の頬に汗が伝った。慌ててハンカチで汗を拭う。夏前とはいえ、梅雨時の締め切った教室では湿度も温度も上がりやすかった。皐月晴れの恩恵にあやかろうと久方ぶりに教室の窓を開ける。
「嘘!川遊びしたことないの!?濡れるのが醍醐味よ!」
少女の視線が声の元へ向かった。だいすきな、いつでも聞きたいその声。ハイカラな赤の着物がとても似合う姉。
「椿さん!もっとおしとやかになさいと何度いえばわかるのです!」
見えないところで、生徒指導のなにがし先生の雷が落ちたらしい。けたけたと笑いながら小走りになる彼女の横には本当は私がいるはずなのに。
紫色の袴姿は下級生だろう。
水色と橙の着物の2人。
橙の方、雛菊は少し慌てたような顔で周りを見渡して私と目があった。
少女はぐ、と唇を噛み締めた。色づきの良い桜色のそれが真っ赤になる程きつく、悔しそうに。乙女なら到底たてていいはずのない大きな音で勢いよく窓を閉める。
「私の気持ちを知っていたんじゃなかったの…?」
決して外交的とは言えない少女の数少ない友人。たしかに雛菊や水色の着物の茉莉は自分と違って笑顔が絶えず、物腰柔らかで接しやすい。
でも、だからといって、人の姉と白昼堂々仲睦まじく帰らなくてもいいじゃないか。
ふつふつと湧き上がる黒い気持ち。
友人に対してこんな思いをしたくない、でも姉は悪くない、誰だって姉が他の下級生と帰っていたら嫉妬くらいするだろう。
ぼき、
「あら、筆買い換えたばかりなのに…。不良品かしら。」
力を込めすぎて白くなった自分の手を見なかったことにして、無人の教室でひとりぽつりと呟いた。
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