パルテヱル物語〜椿〜


笑っちゃうくらいケセラセラ


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 「ねえ椿、最後に桜と話したのいつ?」

昼休み、教室で弁当箱を開けた。白いご飯、海苔の佃煮、甘めの卵焼き、ほうれん草のおひたしと鮭のほぐし身、ミニトマト。海苔の佃煮は昨晩叔父さんから届いたものかな…。

   「椿、聞いてる?」
    「あ、え、うん。何?」

三限目の途中からお腹が空いて仕方がなかった椿は隣の友人より目の前の弁当に気持ちが傾いていたようだった。

   「だから。最後に桜と話したのいつ?」

ほうれん草のおひたしを綺麗な箸さばきで一口。ちょうどいい塩加減に頬が緩む。

   「ううん、話したのは今朝かな。相変わらず儚いというか血の気が薄いというか、可愛いよね。」

何が言いたいの、と目線だけで紀京を見やったものの、思いの外真剣な表情を浮かべていた友人に目を丸くする。

   「最近、椿が冷たいって。もっと構ってほしいって桜が、私に相談してきたの。」
   「冷たくしてないよ、桜の考えすぎじゃないかな。…まあ、話してみるよ、大丈夫だとは思うけど。」

鮭のほぐし身を少しだけご飯に乗せて口に運ぶ。どうやら炒りごまが鮭に混ぜてあったようで、鼻から香ばしい胡麻の香りが抜けた。塩味の強い鮭をまろやかな甘みの米が引き立てて口の中いっぱいにお互いの旨みが広がる。ふわりと頬が緩んだところで肩に違う重みがかかった。

   「あら、このあいだ例のカワイイ新入生と仲睦まじげにお話ししてたところ見ちゃったわよ、色女さん。」
   「鈴灯!椿はまた違う子にちょっかいかけたの?だから桜が…」

あんぱんを頬張りながら紀京が苦言を呈する。ミニトマトは思っていたより酸味が強く、思わずわずかに眉を寄せた。一方で鈴灯は爆弾を落としたきり意味深に微笑んで首を傾げている。

   「ちょっかいとかじゃないって、普通に可愛かったのと…」
   「あの、椿様はいらっしゃいますか…?」

教室の中がざわつく。突然教室の後ろの扉から、わずかに顔をのぞかせた水色の着物姿、それはふわりと柔らかな雰囲気と透明感のある清楚な顔立ちが人気の新入下級生、茉莉だった。周りの生徒はと言えば、噂の下級生と椿との関係性を勘ぐるものや、まだ姉がいない茉莉へ視線を送るもの、そしてそんな茉莉に慕われる椿を羨望の眼差しで見るものばかり。

  「噂をすればなんとやら、ね。ふふ、じゃあ私は野ばらとお昼を食べる約束があるから。」

ぽん、と椿の肩を叩いた鈴灯はそのまま茉莉の横を抜けて廊下へと消える。残された紀京は少し大げさなそぶりで額を抑えて大きなため息をついた。

  「あ、茉莉ちゃん!こっちだよ」

残すところはあと卵焼きのみになった。それを急いで口へ放ると飲み込み終わるか終わらないかのうちに手を振って件の下級生へ自分の居場所を知らせる。

   「お昼ご飯の途中にすみません、これ、この間お借りしたハンカチとすこしだけですがお礼の品を…。」

不安そうな表情から一転、嬉しそうな笑みで近寄り、申し訳なさそうな顔。コロコロと表情を変える様は可愛らしいの一言に尽きる。差し出した手には白地に椿と雪うさぎの刺繍がされたもの。確か少し前に桜が椿へと渡していたハンカチだったはずだ。よりにもよってこれを、と吐きたくなるため息を抑えて紀京は目をそらす。

   「いいんだよ気にしなくて…!でもわざわざありがとう。もう転ばないようにね!」
   「こちらこそ、ハンカチ汚してしまってごめんなさい、ありがとうございました。お菓子は手作りなので早めに食べてくださいね。」

薄い桜色のハンカチには雪うさぎと椿の刺繍がされていた。その上から懐紙に包まれたお菓子が置かれ、椿は笑顔で受け取る。しばらく談笑でもしそうな雰囲気の2人であったが紀京の咳払いによってそれが砕かれた。

   「下級生は次移動教室じゃない?戻って準備したら?」

慌てて時計を見るもまだ急ぐような時間ではなかった。しかし、先輩である紀京に遠回しにでもそう促されれば断ることもできない。茉莉はもう落ち度満面の笑みでお礼を言うと嫌味ではない程度の急ぎ足で下級生の教室へ戻っていった。

   「椿、そういうところだよ。」

にこにこと手を振る椿を呆れたような表情で見やる。椿はと言うとなんのことだかまったくわかっていない様子で首を傾げた。

   「何が?というか、いろんな下級生と仲良くしてるのは紀京だってそうじゃない。むしろ私より多いんじゃないの?」
   「私は特定の相手がいないから。椿には桜がいるでしょ?」

桜と他の下級生じゃ比較対象にならないよ、とまるで驚いたような口ぶり。椿は、自分の思いが100%桜に伝わっていると信じているようだった。これ以上話しても、と紀京が肩をすくめたところで10分前の予鈴が鳴る。午後の授業も憂鬱だが、この先の桜のことも憂鬱だな、とひとりごちた。


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✾大正百合喫茶✾ パルテヱル女學校

つぼみたちはやがて、大輪の花を開く… さぁ、華やかなるパルテエル女學校の開校です。 上級生と下級生が織り成す甘美でレトロな"S"の世界を是非お楽しみください。

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